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2006年1月 9日 (月)

みかん色の温もり。愛媛。

~言の葉~ 1_1

謹賀新年。

どうぞ今年もよろしくお願い致します。

皆様も、日の出のように

明るくこうごうしい一年になりますように。。。

新年は故郷愛媛に帰省。

車窓の旅をしたく初めての列車帰郷。                                             

瀬戸大橋から見た海に浮かぶいくつもの小さな島々に感動。

~ちはやぶる神の昔、大山祇のなせるわざにや~芭蕉。

なんてところでしょうか。

以前、innnerchildさんの舞台で

「古事記」のイザナミノ命を思わせる役を演じたので、

母性的な目線で眺め、神秘的な日本情緒を堪能。

母性・・・

私の心のふるさとである学生時代からの友人たちは

あんなに一緒におバカやってたのに

もうすっかり尊敬する母の顔。

子供を抱くしぐさやその指先から溢れ出る母性、

子供に合わせて子供になる表情、

母親とはいくつもの顔を持ち合わせる偉大な人だなとひたすら観察。

育児日記からも

育まれていく命の一瞬一瞬の尊さを大切にして命に対する愛情に溢れる様が見え、

素敵だなと感涙する。

学生時代とはまた違う顔を持った友を尊敬すると共に、

自分の母親もこんな風に自分に話しかけたり

遊んでくれたりしながら命を大切に育んでくれたんだと

リアルに感じる。

たくさんの思い出詰まる愛媛。

丘の上から地平線に沈む夕日を見届けるまで遊んだみかん段々畑、

複雑な感情をいつも受け止めやさしい波の音でこたえてくれた、

毎日通った海、

歴史を傍でかんじれた古き良き情緒の城下町、

愛媛で生まれて本当によかったと思います。

たくさんの思い出詰まる宝箱の中から一つ、

思い出すある担任の先生のこと。

私が年輩の先生たちにつかまり怒られる度、

真っ青な顔して飛んできて頭下げてた

若く生真面目な先生。

その真っ直ぐさを疑い試すように先生を傷つけたり迷惑かけたりの1年だった。

時が経って再びその先生が担任になり、

その時私は色々なことがあって内心最も苦しく絶望的だったけど

表にはわからないよう平常心を保っていた。

しかし、授業が終わるとその先生に「ちょっと」と呼ばれ、

また何か怒られるのかなといつものようにふてぶてしく先生の待つ廊下の隅へ。

すると、

「人生は長いから。

今とても苦しくても、人生は長いから。

今のことは、“あんなこともあったな”って思えるようになるから」

と、何も聞かず、ただそれだけをあたたかく言ってくれた。

自分を一方的に傷つけ迷惑かけた人間が最も苦しく本当にひとりだった時、

それに気づき、僅かな言葉に無償の愛を込め救ってくれようとした人。

言葉にならない感情で涙が溢れてきてしまい

慈悲深さに戸惑ってただうなずいて逃げるようにその場を去った。

けれど、その日から、

不思議と心の膿が取れ穏やかな気持ちになれた。

あの時ただうなずいただけで言えなかったありがとうの代わりに

真面目に勉強に取り組んだ。

その思いに気づいてくれこれが本当の私だとずっと思ってたと言ってくれたことは

今でも記憶に残っている。

大人になって気付く。

私がどんなことをしてもグッと感情を飲み込んでた意味を。

その時その時私がした行動、目に見えてる表面的な部分、で私を決め付けず

誰もが持つ奥に隠れてる“白”の部分と向き合ってくれてたんだと。

このことは私に大切なことを教えてくれた。

信じてもらうことで人は救われ変われること、

人を理解し信じてあげようとすること、

苦しい時「大丈夫、時が経つと何でもないことになる」と思う力。

無償の愛でそっと救って通りすぎてくれた大人に出会えたこと、、、

生まれてきてよかった。

001

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